東京高等裁判所 昭和38年(ナ)23号 判決 1966年5月10日
原告 風間日光
被告 東京都選挙管理委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は『昭和三八年一一月二一日執行の東京都第六区における衆議院議員選挙は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。』との判決を求め、被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。
原告訴訟代理人は請求原因として次の通り主張した。
一、原告は昭和三八年一一月二一日執行の東京都第六区における衆議院議員選挙(以下本件選挙という)における候補者であり且選挙人であつた。
二、本件選挙の執行に当つては次の通り違憲違法があり、選挙の公正が著しく害された。
(1)、東京都第六区における議員定数は、公職選挙法第一三条、同法別表第一により、五人と定められているが、その有権者数に対する割合は、全国における他の選挙区に比し極めて不均衡である。即ち有権者数を議員定数で除し、議員一人当りの有権者数を比較すると、東京都第六区は他の八七区の二倍を超え、又他の一一区の三倍を超えている。このことは東京都第六区の有権者の一票の投票の価値が他の選挙区のそれの二分の一以下、三分の一以下しかないと言うことである。勿論現実の問題としてみれば、各選挙区の有権者数の比率は整数比をなすものでないし、技術的にも有権者数と議員定数の比を各選挙区について均一にすることは不可能であるから、そこにおのずから差異の出ることは認めなければならないが、公職選挙法別表第一の規定は、昭和二一年四月に施行された全国人口調査の結果を基準として制定されたもので、その後人口構成に大きな変動があつたのにも拘らず、一六年間というもの放置されていたのであつて、その結果生じた前記の如き議員定数と有権者数の比率の不平等は、もはや容認できる限度を超えているものと謂わざるを得ない。選挙区の大小、歴史的沿革、行政区画別議員数の振合等は、選挙区の地区割りを決定するについては考慮すべき要素かもしれないが、議員定数の不均衡を是認できる理由とならないと謂うべきである。されば公職選挙法別表第一の議員定数の定めは東京都第六区に関する限り平等の原則に反し、憲法第一四条、第四三条、第四四条、第四七条に反する違憲無効の規定である。
(2)、被告は公職選挙法第二〇一条の五、第二〇一条の一〇に基き、本件選挙運動期間中
(イ)、本件選挙区用として自由民主党のためのポスター一九八〇枚、日本社会党のためのポスター二〇〇〇枚、民主社会党のためのポスター一六九三枚、日本共産党のポスター一九〇〇枚に夫々検印したため、右ポスターが相当数掲示され、その所属候補者は選挙運動上有利となつたが、原告らそれ以外の候補者は公職選挙法第一四三条以下の規定によるポスターのほか、右の如きポスターの掲示を許されず、ポスターの大きさ、数、掲示場所につき不利益な取扱をうけた。
(ロ)、民主社会党より第三寺島小学校において、日本共産党より千寿第三小学校及び砂町小学校で夫々政談演説会を開催する旨の届出を受理承認した結果、夫々右演説会において所属候補者島清、同吉田資治のための推せん演説や同候補自身の選挙演説がなされたが、原告らはさような演説会を開催することは許されなかつた。
(3)、自治大臣は本件選挙において、
(イ)、公職選挙法第二〇一条の五、第二〇一条の一〇により自由民主党に対し三六枚、日本社会党に対し二〇枚、民主社会党に対し六枚、日本共産党に対し一二枚の宣伝用自動車表示札を交付した結果、これらの自動車により所属候補のため選挙運動の街頭演説がなされたが、原告をはじめ右政党所属候補以外の候補はかような自動車の使用を許されなかつた。
(ロ)、自治大臣は公職選挙法第二〇一条の五、第二〇一条の一三により確認団体(所謂既成政党)が発行する機関紙誌の届出を受け、その機関紙誌が所属候補者の選挙運動に使用されることを認めたが、原告らはさような機関紙誌の発行頒布による利益を受けることを許されなかつた。
これら公職選挙法第二〇一条の五、一〇、一三の規定は、公職の候補者を特定の政党もしくは政治団体に所属するか否かという政治的信条のいかん、又は所属政党の公認をうけることができたか否かという社会的身分の差異によつて、不当に差別するものであつて、憲法第一四条、第四四条に違反し、特定政党以外の政党もしくは政治団体から政治活動の『自由』を奪つた点において憲法第一三条に違反し、集会結社及び言論出版等表現の自由を奪つた点において憲法第二一条に違反する。
(4)、公職選挙の候補者となるには、公職選挙法第八六条により、候補者となるべき者の『氏名』が記載されている所定の文書による届出をしなければならないことになつている。
然るに本件選挙において届出書氏名欄に『中村六郎』『三宮一五』『島名二三』『塚田二七』と記された文書による届出が受理されたが、右の氏名欄の記載は以下の通り、いずれも氏名とは認め難いものである。即ち『肥後享事務所』なる政治団体が東京都における七選挙区及び千葉県第一区において二七名の候補者をたて、氏名の代りに一番から二七番までの一連番号を名前に入れ、これを以て氏名と称して届出たが、かようなものは公職選挙法第八六条にいう氏名とは明らかに異るし、右の番号を以て通称と認め得ぬことも自明のことがらである。
然るに選挙長は右の届出を受理し、右の番号を通称として扱い、被告発行の選挙公報、立会演説会等公営の氏名掲示にこれを用い、更にかかる番号を記した投票を有効とした。
そればかりでなく、塚田二七は立候補の意思なく、又候補者として推せんされることを承諾もしなかつたもので、選挙長はこれらの事実を知りながら、同人を候補者とすることを認めた。
三、而してこれらの所謂背番号候補は立会演説会において無断で欠席したため、その間演説が途切れて空白時間を生じ、これが聴衆に不満を起さしめ、聴衆の減少を来たす結果となつた。従つてこれら背番号候補がいなければ、かようなことは起きることがなく、ひいて選挙の結果に異動を及ぼす可能性のあつたことは明白であるし、更に前記違憲の選挙の管理執行が行われなければ、選挙の結果に異動を来たすことは、敢えて説明を俟たないところであるから、東京都第六区における本件選挙は無効である。
以上の通り原告代理人は主張した。
被告訴訟代理人は請求原因に対し次の通り答えた。
一、請求原因一の事実及び二以下の事実中東京都第六区の議員定数が五人であること、被告が原告主張の通り公職選挙法第二〇一条の五、第二〇一条の一〇に基き、自由民主党ほか三政党に対しポスターの検印をしたこと、原告主張の通り民主社会党及び共産党より同条項に基く政談演説会開催の届出があつたこと、自治大臣が公職選挙法第二〇一条の五、第二〇一条の一〇に基き、自由民主党ほか三政党に対し宣伝用自動車の表示札を交付したこと、右政党より同法第二〇一条の一三に基き自治大臣に対し機関紙誌の届出のあつたこと及び肥後享事務所の所属候補者で通称を『中村六郎』『三宮一五』『島名二三』『塚田二七』と言うとしてその旨の立候補届出があり、選挙長がこれを受理したこと、選挙公報や公営の立会演説会の氏名掲示に、右の通称を用いたことは、いずれもこれを認めるが、塚田二七に立候補の意思も推せんを承諾する意思もなく、選挙長がこれを知つていたとの主張はこれを否認する。
二、原告は選挙区の議員定数の不均衝を捉えて違憲であると主張するけれども、既に最高裁判所大法廷の判決(昭和三九年二月五日日)で示された通り二対一或は三対一程度の不均衡では違憲でないと謂うべきである。
三、公職選挙法第二〇一条の五、第二〇一条の一〇、第二〇一条の一三は違憲である旨の主張について、
従来我国の選挙制度における選挙運動については、候補者本位の建前が採られて来たけれども、議院内閣制を採用する現行憲法下においては、当然政党政治を予想しているものと謂わねばならず、元来政党は政治上の一定の主義主張のもとに多数人が結合した団体であつて、政治権力を獲得することによつてその主義主張の実現を図ることを目的とするものであるから、政党にとつては選挙により多数の議員を得ることこそその第一目標と言わねばならないから、議院内閣制を採用する以上、選挙期間中と難も可能な限り政党をしてその使命達成に必要な政治活動をなさしめる途を開くことこそ憲法の要請に合致するものと謂わねばならないであろう。
公職選挙法第一四章の三は右の観点から制定されたものであるが、長年にわたり候補者個人本位の選挙運動が採用されていた関係上、政党独自の運動を大巾に認めるということをせず、候補者中心の選挙運動の建前を崩さない範囲内において、政党に一定の政治活動を認め、これに付随して候補者のために特定の選挙運動をもなしうることとしたのである。従つて結果的には政党所属候補者と然らざる候補者との間に選挙運動上幾分差異を生ずることとなるわけであるが、右差異は候補者の選挙運動と異質の政党の政治活動を認めんとする憲法上の要請に起因する根拠ある差別であるから、何ら憲法の平等条項に違背するものではない。
ところで公職選挙法第二〇一条の五は、政党存立の前記趣旨に鑑み政党(その他の政治団体を含む、以下同じ)の政治活動の自由原則を承認しつつも、政治活動のうち実質的選挙運動とまぎらわしい政治演説会、街頭政談演説の開催、ポスターの掲示及びビラの頒布につき選挙期間中(正確には公示の日から投票日まで)これを禁止する原則を確立し、その上当該選挙につき全国を通じ二五名以上の所属候補者を有する政党に対しては、右禁止を解除して当該政治活動を一定の限度で許すこととしているのであるが、右はあくまでも政治活動を許容するという趣旨であつて、原則として候補者のための選挙運動にわたる行為は認められないものなのである。即ちポスター、ビラについては、候補者の氏名が類推されるような事項の記載は一切厳禁(公職選挙法第二〇一条の一二、衆議院議員の総選挙に関する臨時特例法第一五条第二項)され、機関紙誌においても当該政党の政策の普及推進並びに選挙に関する報道評論の自由はあつても、特定候補者の選挙運動にわたる事項の記載は、これを許さないものである。ただ政談演説会並びに街頭政談演説においては、当該政党の政談演説に付随して特定候補者のための選挙運動も認められているが、右はあくまでも付随的のものであつて、選挙運動を目的としては認められないのである。そしてこの程度の選挙運動の是認は別段候補者中心の選挙運動を崩すものとは謂いえず、前記政党についての憲法の要請上己むを得ないものと謂わなければならないであろう。
次に所謂確認団体と右以外の政党その他の団体との間の差別問題についてであるが、前述の選挙期間中の政談演説会、街頭政談演説の開催、ポスターの掲示等の政治活動が許されるのは、すべての政党についてではなくて、当該選挙において全国を通じ二五名以上の候補者をたてた政党その他の団体(確認団体)に限られるものであるが、およそ政党による政治活動をその選挙期間中も認めようとする場合、その規模内容等を一切問わず、一人一党式の政党も含めてすべての政党にその自由を認めようとは何人も考えないところであつて、そこには自ら一定の限界が画されるに至ることは当然の事理といわねばならないであろう。そしてその限界を何に求めるかは、立法政策の問題といわねばならないが、政党法の如き明文の存しない現状においては、衆議院における議案の発議権が議員二〇名以上とされていること(国会法第五六条)、選挙の有無に拘らず常時一般的政治活動をなしているものとみなされる政党(政治資金規制法による支出額が五〇〇〇万円以上の団体)の立候補者はすべて二五名以上であること等から考え、候補者二五名を基準としてその限界を画すことは現状において妥当な措置といわねばならず、加えて、右限界外の政党と雖もすべての政治活動が禁止されているものではなく、第二〇一条の五以外の政治活動は、選挙運動期間中と雖も自由になしうるものであり、更に第二〇一条の四において確認団体以外の政党に対しても、所属候補者毎に二回推せん演説会を開催しうる途が講ぜられており、結局選挙運動上両者の差異は、街頭政談演説の際の付随的選挙運動の能否にすぎないのであつて、前記の如く一定の基準の設定が憲法上認められる以上、その基準に該当しないものとの間にある程度の差が生ずることは明らかであるから、その政治活動並びに付随的選挙運動上この程度の差別を認めても、別段平等条項違反として違憲を云々すべきではない。
四、原告主張の中村六郎、三宮一五、島田二三、塚田二七の立候補届出書には、これらを通称として記載すると共に、併せて戸籍による氏名も記載しているから、同人らの届出を受理したことは適法である。
加うるに公職選挙法第八六条が立候補届出の際戸籍上の氏名の記載を要するとしたことは勿論であるが、立候補者が選挙運動のため通称名の使用を希望したときは、右通称による受理も妨げるものではないと解すべきである。ところでその際の選挙長の審査権は形式的審査権にすぎず、真実それが通称であるか否かの実質的審査権を有しないから、届出通りの通称を有するものとして受理するほかなく、その結果原告主張のような恰も一連番号による立候補者群の存するが如き奇現象を呈するに至つたとしても、現行法上これが届出を却下する規定がない以上その届出は有効であると謂わねばならない。
仮に原告主張の如く、数字による通称を認めたことが違法であつたとしても、本件選挙における当該候補者は四名であつて、その得票数の合計は八一四票に過ぎないところ、最下位当選人の得票数八万四六八二票(クジラオカ兵輔)と最高位落選人の得票数七万四三九七票(林博)との差一万〇二八五票と比較した場合九〇〇〇票以上の差がある以上、右の違法が選挙の結果に異動を及ぼさないものであること明らかであるから、原告の請求は失当として棄却を免れない。
(証拠省略)
理由
(一)、原告が昭和三八年一一月二一日施行された衆議院議員の総選挙において東京都第六区における候補者であり且選挙人であつたことは当事者間に争いがない。
(二)、先づ原告は選挙区の議員定数は可能な限り選挙人の人口に比例すべきものであつて、この方法により議員定数を割出してみると、東京都第六区(以下本件選挙区という)の議員定数五名という数は、他の選挙区の二分の一以下又は三分の一以下であり、換言すれば本選挙区の選挙人の選挙権の価値は他の選挙区のそれの二分の一以下又は三分の一以下ということになり、かかる不平等は容認できる限度を超え、憲法に違反すると言う。
而して原告主張の議員定数の不均衡は被告の明らかに争わないところである。然し憲法第四三条第二項、第四七条によれば、衆議院議員選挙における選挙区の議員定数は、原則として立法府である国会の裁量的権限に委せているものと解され、憲法第一四条、第四四条その他の条項においても、議員定数を選挙区別の選挙人の人口数に比例して配分すべきことを積極的に命じている規定は存しない。もとより議員数を選挙人の人口数に比例して、各選挙区に配分することは、法の下に平等の憲法の原則からみて望ましく、議員数を選挙区に配分する要素の主要なものは選挙人の人口比率であることは否定できないけれども、その他選挙区の大小、歴史的沿革、行政区画別議員数の振合等の要素も考慮に値することである。されば議員定数の配分が選挙人の選挙権の享有に極端な不平等を生じさせているような場合は格別、東京都第六区における議員一人当りの選挙人人口が他の選挙区のそれの二倍又は三倍程度の不均衡という状態では、それは立法政策の当否の問題に止り、違憲とは認められない。(最高裁判所昭和三九年二月五日大法廷判決参照)よつてこの点に関する原告の主張は採用できない。
(三)、次に原告が主張するところは、要するに公職選挙法第二〇一条の五、第二〇一条の一〇、第二〇一条の一三の規定は憲法第一四条、第四四条、第一三条、第二一条に違反すると謂うのである。但し衆議院議員の総選挙に関する臨時特例法(昭和三八年法律第一六九号)により公職選挙法第二〇一条の五以下は修正されて本件選挙に適用されたのであるから、以下その修正された条項に従つて論ずることとする。
選挙が自由公正に行われることの望ましいことは、敢えて説明するまでもなく、それは政党政治の根本と言わねばならない。然しながらこの場合選挙運動を全く自由にすることは、これに伴い、却つて弊害を生ずることは見やすいところであるから、選挙運動に対し各種の制限を加えることは、所謂第三者運動の禁止をも含め、已むを得ないこととしなければならない。
ところで議院内閣制を採用する現行憲法は当然政党政治を予想しているものと謂うべく、政党は一定の主義主張のもとに多数人が結合している団体で、政治権力を得ることによつて、その主義主張を実現しようとするものであるから、選挙により多数議員を獲得することはその第一目標であり、このために選挙に当り、政治活動を展開し、所属候補者のため選挙運動をすることは、政党活動の基底と言わねばならない。従つて選挙期間中と雖もこれらの活動を可能な限り認めることは、寧ろ憲法の要請に合致するものというべきである。
原告が具体的に主張する自由民主党のためのポスター一九八〇枚、日本社会党のためのポスター二〇〇〇枚、民主社会党のためのポスター一六九三枚、日本共産党のためのポスター一九〇〇枚に被告が夫々検印したこと(公職選挙法第二〇一条の五第一項第四号、第二〇一条の一〇第四項)、被告に対し民主社会党より第三寺島小学校において、日本共産党より千寿第三小学校及び砂町小学校において夫々政談演説会を開催する旨の届出のあつたこと(同法第二〇一条の五第一項第一号、第二〇一条の一〇第二項)、自治大臣が自由民主党に三六枚、日本社会党に二〇枚、民主社会党に六枚、日本共産党に一二枚の政策の普及宣伝、演説の告示のために用いる自動車表示札を交付したこと(同法第二〇一条の五第一項第三号、第二〇一条の一〇第三項)、自治大臣に対し既成政党より機関紙誌の届出のあつたこと(同法第二〇一条の一三)は、いずれも被告の認めるところである。
されば、民主社会党及び共産党がその開催した前記政談演説会場において、所属候補者のためビラを頒布し(同法第二〇一条の五第一項第五号第二項)、又所属候補者のため選挙運動演説をし、―所属候補者自身も党員として選挙演説ができる―(同法第二〇一条の一〇第一項)、前記四政党が前記自動車の停止している間その車上及び周囲で所属候補者のための選挙運動をなし(同法第二〇一条の五第一項第二号、第二〇一条の一〇第一項)たことは推認するに難くなく、その結果所属候補者は党員たるが故に選挙運動上直接利益をうけられ、又党のポスター、機関紙誌の掲示頒布により間接に利益をうけた(臨時特例法第一五条によりポスターには当該選挙区における特定の候補者の氏名又はその氏名が類推されるような事項を記載できないが、公職選挙法第一四八条第一項、第二項、第二〇一条の一三により機関紙誌は選挙に関する報道、評論ができる)ことも明らかで、結果的には選挙運動上これら政党所属候補者が原告始め然らざる候補者より有利となつたことは否めない。
原告はこれをとらえて憲法の平等の原則に反すると主張するが、候補者個人としてなしうる選挙運動と政党のなしうる選挙運動ないし政治活動とを比較してその不平等を云為することは、比較の対象において既に当を得ないばかりでなく、党員でない者が党員と同様に、党活動によつて受ける利益を要求することは、党員たることに基く種種の拘束を免れながら利益のみに与ろうとするものであつて、却つて不合理と謂わねばならない。而も原告ら無所属候補者がこれらの利益を受けようとすれば、政治団体を組織して全国を通じ二五名以上の候補者をたて、その確認をうければよいのであつて(公職選挙法第二〇一条の五第一項但書第三項)、かかる政治団体を結成することは全然禁止されておらず、原告らが前記四政党所属候補者と同様の利益を受け得る途は法律上は開かれているのである。
次に選挙期間中政党による選挙運動ないし政治運動を認めようとする場合、その規模内容を問わず、一人一党式の政党を含めてすべての政党にその自由を認めることは、政党と言うに値いしない、いわば政党を自称するにすぎない個人にまでその自由を認めることとなりかねず、かくては却つてその趣旨を没却するものと謂わねばならないし、政党という以上多数人の結合であり、一人一党式の極小政党が政治活動の面で有意義の活動をなしえないことも明らかであるから、そこにはおのずから一定の限界が画されることは当然である。而して憲法第四七条によれば、これをいかに画定するかは立法府の裁量に任されたものと解されるばかりでなく、前記の通り、公職選挙法がこれを全国を通じ二五名以上の候補者を擁する政治団体に限定したことは、我国情に照らし妥当と謂つてよいであろう。
以上の次第であるから、公職選挙法の前記の規定が憲法第一三条、第一四条、第二一条に違反するとは考えられないし、憲法第四四条は政党に対する前記の差別までも禁止するものではないと解されるので、これらの点に関する原告の主張は採用できない。
(四)、所謂背番号候補者の立候補届出等について。
本件選挙において選挙長が立候補届出書の候補者欄に『中村六郎』『三宮一五』『島名二三』『塚田二七』と夫夫記載した四名の立候補届を受理したことは、当事者間に争いがなく、被告の発行した選挙公報に右の姓名を登載し、又公営の立会演説会の際の候補者の氏名として右の姓名を用いたことは、弁論の全趣旨に照らし、被告の認めるところである。
ところで公職選挙法第八六条第三項は、立候補届出書に『候補者となるべき者の氏名、本籍、住所、生年月日、職業及び所属政党』等を記載すべきことを規定しているが、右の氏名が戸籍上の氏名か通称名でよいかについては、関係法令上何ら規定するところがない。然しながら右規定が本籍とならべて氏名を記載することを要求している点から考えると、その照合の必要からみて、右の氏名は戸籍上の氏名を指すものであることは自ら明らかであろう。そして特段の規定のない以上、同法の他の規定にある「氏名」の意義もこれと同様に解すべきものであるから、同法第一六七条所定の選挙公報に登載する氏名も、同法第一五八条所定の立会演説会開催の公告に用いる氏名も戸籍上の氏名を用いるべきものである。従つて戸籍上の氏名の記載がない、通称名のみによる立候補届出書を受理し、或いは選挙公報に候補者の通称を載せ、立会演説会を周知せしめるに当つて候補者の通称を用いることは、右の規定に反すると謂わざるを得ないが、当該通称がその選挙区において広く知られている限り、候補者の希望により戸籍上の氏名に代えて通称を使用することは、寧ろ選挙人に対し候補者をよりよく識別させることに役立ち、選挙の趣旨に合致するものと謂えるから、選挙の自由公正を害するとは到底考えられないのであつて、かように選挙の規定に反しても、それが選挙の自由公正を害するものでないことが明白であるというような特段の事情があるときは、選挙の無効を来たすものでないと謂うべきである。これに反し通称が当該選挙区において広く知られていないのに拘らず、これのみを用いた立候補届出を受理し、又は選挙公報に通称名を登載する等したときは、場合により(例えば有力候補者と同一若しくはこれと紛らわしい姓名を用いた場合の如き)選挙の公正を害し且選挙の結果に異動を及ぼすおそれがあるものとして、選挙の無効を来たすこともあり得ると謂わねばならない。
飜つて本件を見るに、いずれも原本の存在及びその成立に争のない乙第一ないし第四号証の各一によれば、中村六郎、三宮一五、島名二三及び塚田二七の四名は、右の姓名を通称であるとして立候補届出書に記載したほか、夫夫その戸籍上の氏名をも併せ記入してあるから、氏名に関する限り、立候補届出書は公職選挙法第八六条所定の要件を具備しているので、その違法を言う原告の主張は理由がなく、選挙長がこれら届書を受理したことは正当と謂わねばならない。
然しながら本件口頭弁論の全趣旨によれば、政治団体たる肥後亨事務所は自派所属の二七名の候補者に一番から二七番までの一連番号をつけ、その番号を名前とし(三宮一五、島名二三、塚田二七の如き)、或はその番号を名前に加え(中村六郎の如き)、これを通称であると自称しているにすぎず、仮に同人らが肥後亨事務所において左様な呼称で呼ばれているにせよ、本選挙区においてそれが通称であることが広く知られていたとは到底認められないのである。されば選挙長がこれについては形式的審査権しか有しないとして前記の呼称を通称として扱い、又選挙公報や立会演説会の公告にこれを用いたことは違法且不当と謂わねばならない。
然しながら本件選挙において塚田二七ら四名の前記通称が他候補の氏名と紛らわしく、そのため選挙の公正を欠いたというような事情は全く認められないばかりでなく、成立に争のない乙第六号証によれば、中村六郎、三宮一五、島名二三及び塚田二七の四候補者の得票合計は僅か八一四票であるに対し、最下位当選者クヂラオカ兵輔の得票数八万四六八二票と最高位落選者林博の得票数七万四三九七票との差は一万〇二八五票であつて、仮に塚田二七ら四名の得票八一四票が全部林博候補の得票となつたと仮定しても(塚田二七ら四名の立候補が有効である以上被告が右四候補につき戸籍上の氏名を用いた場合、その得票を零と推定し、右の得票全部を次点者の得票に加算して、選挙の結果に異動を来たすや否やを推論することは合理的でないが、その点は論じないで、次点者に極めて有利な試算をする)選挙の結果に異動を及ぼさないことは明らかと謂わねばならない。従つて右の点についての被告の選挙の管理執行上の規定違反は選挙の無効を来さないものと言うべきである。
原告は塚田二七ら四候補が立会演説会に欠席したので、その持時間が空白となり、これが聴衆の減少を来たす原由となり、ひいては選挙の結果に異動を来たすものであると主張するが、塚田二七ら四候補の立候補が有効である以上、それは選挙の管理執行に関する規定違反でないから選挙無効の事由となすに足りず、又右四候補に対する投票の有効無効の判定の問題は、同候補が当選した場合当選無効の事由にこそなれ、選挙無効の事由となるものではないから、これらの点についての原告の主張は失当である。
最後に原告は塚田二七は立候補する意思も、立候補推せんを承諾する意思もなかつたと主張するけれども、前記乙第四号証の一によれば、反証のない限り同人は立候補する意思の下にその届書を提出したものと認めるほかなく、従つてこれを受理したことは正当であつて、甲第三号証の一〇の記載は成立に争のない甲第三号証の一三に照らし、未だ右認定を左右するに足りず、その他右認定を動かすに足りる証拠はない。従つてこの点に関する原告の主張は爾余の点について判断するまでもなく採用できない。
(五)、以上の次第で原告の主張はいずれも理由がないので、その請求を棄却することとし、民事訴訟法第八九条に則り主文の通り決定した。
(裁判官 岸上康夫 室伏壯一郎 斎藤次郎)